第2回「素直な心」研究会を開催


「マインドフルネスの世界」

川野泰周氏(林香寺住職、精神科医)

川野氏から、精神医学と禅の世界がどのように和合してマインドフルネスが生まれたのか、また「素直な心」とどのように関係するのか、お話しいただきました。

2021年8月5日(木)オンライン開催

マインドフルネスは、アメリカのある医学部教授が禅僧について学んだ禅を、心と体の治療に応用することをきっかけに生まれました。マインドフルネスの定義は、「今この瞬間の体験に注意を向け、評価をせず、とらわれのない状態で観ること」です。
マインドフルネスの2大要素がアウェアネス(awareness)とアクセプタンス(acceptance)です。アウェアネスとは、自分の中に入力される情報にこまやかに気づく観察力を磨くこと、アクセプタンスとは、得た情報に対して善し悪しの判断をはさまず、一旦受けいれてみる心の広さをいいます。つまり、マインドフルネスとはアウェアネスとアクセプタンスを兼ね備えた心の姿勢です。
マインドフルネスの起源は、お釈迦さんの覚りにまで遡ります。生老病死という個人的な苦しみから逃れるために、行きついたのがマインドフルネス瞑想でした。6年間の苦行の結果、自分に心地よい状態をつくらなければ何も為すことはできない、自分に対する慈悲(自慈心)が大事だと気づきます。これをアメリカの研究者たちは、人間が幸せに生きていくための心の能力として重要視し、「セルフ・コンパッション(self-compassion)」と名付けました。
マインドフルネスで大切なのは、生活の中で動作一つひとつに意識を集中して、受け容れる心をもって丁寧にやっていくことです。一挙手一投足に集中するためには、今この瞬間だけに意識を向けなればいけません。これが「素直な心」と通じるのではないかと考えます。瞑想する目的は、生活すべてが瞑想になり習慣化することです。松下幸之助の「素直な心になる」ということも、「素直な心を一生携えて生きていきましょう」ということだと思います。
「素直な心」で生きていくためには、日々の習慣を変えていく。そのためには「行入」を大事にします。達磨大師の言葉に、「二入四行論」があります。修行の入り方には2種類あり、理屈から入るか、行動から入るかの違いです。お釈迦様は、理屈から入るのも大事だが、毎日の行動、修行、瞑想という行いから心を定めていくという側面を忘れてはいけないと説きました。
マインドフルネスのお話を通じて感じる「素直な心」は、まず自分に対して突き詰めて考え、そして瞑想を実践して自分の心をクリアにしていく。気づきと受容を得ていく中で、自らに慈しみの心を向けられるようになる。すると、他人にも素直に何かをしてあげたいという心が起こってくる。そんな心をみんなが持てるようになれば、お互いを思いやる世界ができてくるのではないでしょうか。それを大乗仏教の世界では、「自利利他円満」といいます。この「自利利他円満」こそがマインドフルネスの本質であり、松下幸之助の「素直な心」と同じではないかと思います。