第3回「素直な心」研究会を開催

第1部 基調講演

「主体的に行動する『最初の一人』をどう育てるか」

田村潤氏(元キリンビール株式会社代表取締役副社長、100年プランニング代表)

2009年キリンビールのシェアの首位奪還を果した田村氏が、現場の経験をもとに「素直な心」とマインドフルネスの意義についてお話しいただきました。​

2021年10月7日オンライン開催

 私がキリンビールで何をやってきたかを一言でいうと、「利益の数値を目標にする経営」から「理念の実現を目的とする経営」に変えたことです。企業理念はどの企業にもあり、お客様のために、日本のためにという社会性のあるものです。そこに集中する経営にシフトしました。すると、「お客様のために」が理念だとすると、実際のお客様には様々な方がおられるので、社員たちは自分たちで考え主体的に行動することが求められます。そこに自主自立の文化できてきました。お客様に喜ばれることを実行していくと、自然と業績が上がっていきました。

 多くの会社でこれが難しいのは、会社のオペレーションが機械的だからです。一番上位の目的は利益追求で、それを示さないと投資家は納得しません。それが各セクションに数字で下りてきます。社員は給料をもらうために会社に行くので、与えられた目標を一所懸命にやる。これが社内文化として根付いてしまっています。だから、なかなか「お客様に喜んでもらうために自分たちで考えて主体的に行動する」ことができません。

 私が高知支店長になった時に、松下幸之助さんのいう「素直な心」、つまり私心にとらわれない、実相が見える心になったことを実感しました。

 川野先生から「マインドフルネスは実行が大切」というお話がありましたが、高知支店は追いこまれていたので、行動するしかありませんでした。理念を理解しているから実行できるのではなくて、行動を通して理念が自分のものになっていきました。理念が自分のものになると嬉しいから、お客様に喜んでもらおうとどんどん行動します。すると、さらに理念が強化され、現場力が高まっていきました。集団が変わると全員が素直な心になります。重要なのは、「最初の一人」をどうやってつくるかです。これが、今の私の大きな関心事です。

 「最初の一人」は、自分が行動する勇気が求められます。マインドフルネスには「自分を大事にする」という概念がありますが、これが重要だと思いました。自己肯定感、つまり自信がないとお客様に喜んでもらう行動は取れません。

 会社と個人の目的は異なっています。個人は、チームやお客様から認められたい、尊敬されたい、それを喜びと感じています。一方、会社は業績追求。これがないと会社は存続できません。この異なった2つの目的が、「社会のために役に立つ」という企業理念によって完全に統合されます。肝腎なのは、個人が会社の理念を「自分が実現するんだ」という勇気を持つことです。理念を自分が実現すると勇気を持った人が一人出てくると、集団は変わってきます。その一人をどうやって作るかをみなさんと議論できればと思います。



第2部 ディスカッション


田村氏の発表をもとに、企業経営におけるマインドフルネスの意義について、研究会メンバーでディスカッションを行ないました。(※敬称略)


■瞑想で養う自己肯定感


田村 川野先生が紹介されているマインドフルネスに「慈悲と願いの瞑想」がありますが、これをやることで自分への信頼=セルフリライアンスが出てきて、お客様のために行動しようとなってくるのではないかと仮説を立てましたが、どうお考えでしょうか?


川野 おっしゃる通りだと思います。「慈悲と願いの瞑想」を通して、「自分の存在を肯定すること」と「他者を重んじること」が両立できます。それは私の体験でも実感していますが、今は科学的なエビデンスでも証明されています。


田村 他に、「呼吸瞑想」「ボディスキャン瞑想」がありますが、「慈悲の瞑想」だけでいいのでしょうか?


川野 「慈悲の瞑想」の中に「呼吸瞑想」が入っているので、これだけで十分です。ただ自己肯定感や自慈心(自分を慈しむ心)が足りていない人は、「慈悲の瞑想」をやると苦しくなってしまう場合があります。なぜかというと、大切な人に対して思いやりの言葉を念じることはできても、自分に対してはそんな言葉を受け取ってはいけないと思って混乱状態になるからです。そういう時は、「呼吸瞑想」にも自己肯定感を高める要素が盛り込まれているので、そちらを優先するのがよいです。


田村 私は講演会などで「利他」の大切さを話しても、「理屈は分かるが、なんで自分が行動しなくてはいけないんだ」と言われることがあります。すると、やはりそれを実行する勇気の問題だし、それができないのは自分に自信がないからではないでしょうか。


的場 人が動くかどうかは、「自分ごと化」できるかどうかだと思います。会社の理念を実践するのが、私の生まれてきた使命でもあるというくらいまで「自分ごと化」できていれば、放っておいてもやります。しかし、そこまでいくのはなかなか難しい。


田村 キリンの場合は、運命を受け入れるということをやりました。高知支店は最悪の状態に陥っていましたが、その原因は本社にある。だから、「本社が悪い」で終わっていました。ただ、よく考えるとキリンにもいいところはあります。いいものも悪いものも、高知支店では全部受け入れようと覚悟しました。その上で闘おうと。そこから勇気が出てきました。

 どんな会社でも、いい部分も悪い部分もあります。それらをすべて受け入れた上で、自分がこの会社の理念を実現しようと、心のポジションを置き換えれば、アイデアとかやる気が湧いてきます。


川野 人には、自分の価値観に照らし合わせて考えてしまう、我執というものがあります。私の経験では、それを取り去る上で重要なのが、まず行動することでした。前回の私の講義でご紹介した「行入」、つまり修行から入るということをやりました。修行の中で、我執が見えると怒られるとか、警策で叩かれるという形で、我執を捨てるしかないところまで追い込まれます。その結果、集団全体に貢献できるところに喜びを感じられるようになりました。

 マインドフルネスでは、「我執を手放す」とか、「自分の存在を小さくしていく」といいます。瞑想を日々、練習していると、自分に対するこだわりがどんどん取れていって、組織、社会、大自然、そういうもののために自分が役立っていることに喜びを感じることができます。それを今の世の中でどういうふうに形にしていくか、この研究会で考えていきたいです。


田村 仕事で数字を目標にしてしまうと夢中になれませんが、誰かのために役に立っていると実感できると、いくらでも頑張れます。先ほど、「自分が小さくなる」とありましたが、それを実感しました。いろんな人から、「あなたの会社は邪心がない集団ですね」とよく言われましたが、そういう人間が集まったからでありません。平凡なサラリーマンだが、行動することで座禅と同じ効果が出てきました。ここも「最初の一人」が肝腎です。


川野 私は2つあると考えています。一つは感謝される体験が、その人の心の中に新しい価値観を呼び覚ますということ。いい企業に入ろうと自分のために頑張ってきた新社会人が手放しの感謝を受けた瞬間に、純粋に嬉しいという感覚にシフトするきっかけになります。

 もう一つは、もうがむしゃらにやるしかないんだという窮地を体験した人は、すごく俯瞰的に物事を見られます。


■瞑想が主体性を育てるプロセス


的場 理念経営には主体的に動く人材が必要であり、その人材をどうつくるかはどの企業も大きな課題です。前回、川野先生から、瞑想を続けていくと主体的になっていくというお話がありましたが、それはどういうロジックなのでしょうか?


川野 まず瞑想していくと、雑念だらけになってうまく集中できません。それで自分のダメさ加減が浮き彫りになってきます。その時に、良き指導者から「うまく瞑想しようとしないことが大事なんだよ」とアドバイスを受けることで、瞑想自体がうまくできない自分自身を受け入れるトレーニングなんだと気づいてきて、自分の存在自体を受容できるようになっていきます。自己受容ができれば、自然に他者貢献ができるようになります。これはアドラーやマインドフルネスのコンパッション理論でも言われていますが、自分が自分の存在を受け入れられて初めて人に何かを施したくなる心の働きです。

人が主体的に動けなくなる原因は、失敗したり他者から評価されなかったり、自分の頑張りが報われなかったりした時の傷つきを恐れているのではないかと思います。いろんなことに臆病になった結果、動かないで見ているのが一番いいということになります。


田村 最初は売上を上げようと思って見返りを求めていたけれど、見返りを求める喜びよりも感謝される喜びの方が圧倒的に大きかったのでしょう。だから、すぐに見返りとか数字を求めなくなりました。

 人間は、うまいものを食いたいとか給料をもらいたいというよりも、もっと次元の高いもの、人の役に立っていることの方が奮い立ちます。松下幸之助さんがつくった松下電器の「遵奉すべき精神」が7項目ありますが、その中でも「産業報国の精神」と「力闘向上の精神」が重要だと思いました。「産業報国の精神」は社会のため、日本のためということ。「力闘向上の精神」には、「我ら使命の達成には、徹底的力闘こそ唯一の要諦にして……」と、使命達成のための唯一の要諦と説明してあります。つまり、社会のために徹底して戦っていく、これが松下幸之助の精神ではないかと思いました。

 企業は理念という「善なるもの」に向かっていく、そこにマインドフルネスが重要な役割を果たすことができるのではないでしょうか。


渡邊 企業理念は、売上を上げるための一つの方便ではないか、という変な理解があるのだと思います。


田村 最初は売らんがためであったのは事実です。しかし、2、3か月すると、行動によって変わっていきました。売上よりも大事なものがあると体で分かったのです。


川上 理念とシンクロする瞬間というのがあるのでしょう。それは素直とは違って、フローの状態、無我夢中でしょうね。相手に喜んでもらえることで、それだけで嬉しいから、苦しさも乗り越えてどんなことでも頑張ってやれる境地だと思いました。

 与え続ける喜びというのはカトリックにもあって、有名なフランチェスコは貧しい暮らしの中でもどんどん与え続けていきましたが、そこに人生の美しさを多くの人が見い出しています。


■アウェアネス(気づき)とアクセプタンス(受容)の関係性


的場 川野先生の先ほどのお話で、瞑想すると自分のダメさ加減が分かってきて、良き指導者からアドバイスをもらう中で自己受容が進むとありましたが、それがセルフアウェアネスの促進に繋がっていくのでしょうか?


川野 細かく気づく繊細さはアウェアネスだが、アウェアネスだけが上がると、「繊細さん」と言われるHSP(Highly Sensitive Person)、過敏な人になってしまいます。そこにセルフアクセプタンスが加わるので、「細やかに気づくけれども、それをどっしりと受けとめられる」という心理ができて、セルフアクセプタンスが先に進む。すると、人に対するアクセプタンスも進みます。


田村 たくさんの学びを得ることができ、ありがとうございました。企業理念が自分のものになって一体化してくると、邪心がなくなって本質を見ることができるようになります。そのプロセスの中で素直な心が出てくるのではないかと思いました。そのためには、まず自分が行動するという自信、チャレンジする勇気がないと行動に移せません。マインドフルネス瞑想を通して、自分への自信を養成していって、理念に向かわせ、理念と一体化するようになっていく。そのプロセスの中で物事を素直に見られるようになってくる、という構図ではないかと思いました。実際の会社の事例で実証できればと思います。